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はじめに
今回紹介するのは,子どもの権利条約が定める4つの権利の1つ,「育つ権利」です。
以前にご紹介した「生きる権利」では,子どもたちの健康で安全な暮らしのための,衣食住や医療支援へのアクセスが保障されていました。
今回注目する「育つ権利」は,学びや遊びを通して,子どもたちがより豊かに成長するために必要な権利です。
子どもたち一人一人の未来のために,私たちはどのような環境づくりを目指していけばよいのでしょうか。
子どもの権利条約と「育つ権利」
では,子どもの権利条約では,どのようにして子どもたちの「育つ権利」を定めているのでしょうか。
以下の条文は,「育つ権利」の概念と,具体的な保障内容を示したものです。
締約国は,児童の生存及び発達を可能な最大限の範囲において確保する
(子どもの権利条約 第1部 第6条2項) (1)
締約国は、大衆媒体(マス・メディア)の果たす重要な機能を認め、児童が国の内外の多様な情報源からの情報及び資料、特に児童の社会面、精神面及び道徳面の福祉並びに心身の健康の促進を目的とした情報及び資料を利用することができることを確保する
(子どもの権利条約 第1部 第17条)(1)
締約国は、精神的又は身体的な障害を有する児童が、その尊厳を確保し、自立を促進し及び社会への積極的な参加を容易にする条件の下で十分かつ相応な生活を享受すべきであることを認める
(子どもの権利条約 第1部 第23条1項) (1)
締約国は、教育についての児童の権利を認めるものとし、この権利を漸進的にかつ機会の平等を基礎として達成するため、特に、
a. 初等教育を義務的なものとし、すべての者に対して無償のものとする
(中略)
締約国は、学校の規律が児童の人間の尊厳に適合する方法で及びこの条約に従って運用されることを確保するためのすべての適当な措置をとる
(子どもの権利条約 第1部 第28条1項・第2項) (1)
締約国は,児童の教育が次のことを指向すべきことに同意する
a. 児童の人格,才能並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させること (中略)
(子どもの権利条約 第1部 第29条1項) (1)
まず,第6条では,子どもが,より良い心身の発達に必要な支援を最大限に得られることを,「育つ権利」として定めています。
具体的には,
・マスメディアなどを通じて,子どものより良い発達のために必要な情報を手に入れる権利 (17条)
・心身障害の有無に関わらず,自立した社会生活のために必要な教育等を受ける権利 (23条)
・全ての子どもが義務教育を受ける権利 (28条)
を保障したうえで,
・学校の規則が子どもの尊厳を守るものであること (28条)
・子供たちの教育方針が,彼らの才能や能力を最大限に引き出すものであること (29条)
を求めています。
(引用:unicef「子どもと先生の広場」 (1))
日々の生活と「育つ権利」
①では,子どもの「育つ権利」を保障するために,マスメディアなどの媒体や,義務教育制度がその役割を果たしていることをご紹介しました。
しかし,これらのはたらきのみで,子どもの「育つ権利」を守ることはとても難しいのが現状です。
本項では,日々の生活における「育つ権利」を守るため,自治体や企業が果たしている役割についてご紹介します。
自治体は,主に学校以外の学び・遊びの場の提供や,子どもの発達支援事業の設置,およびその広報を行っています。例えば,鳥取県倉吉市のホームページでは,子どもの権利を守るための様々な支援が紹介されています。[2]
特に「育つ権利」に焦点を当てた取り組みとしては,
- 児童館や「放課後子ども教室」を通じてのスポーツ・文化・レクリエーション等のプログラムの展開
- 不登校の児童・生徒のための学習援助や相談活動
- 子どもの人権相談窓口の設置や,相談機関等の周知
などが挙げられています。
では,企業は「育つ権利」について,どのような取り組みを行なっているのでしょうか。
大手家具メーカーのIKEAは,国連の「ビジネスと人権指導原則」および「子どもの権利とビジネス原則」に基づいて人権尊重を行うことを明示したうえで,子どもの「育つ権利」の1つである「遊ぶ権利」に注目した取り組みを行なっています。[3]
「Let’s Play すべての子どもに遊ぶ自由を」と銘打たれた同社のプロジェクトでは,子どもの豊かな想像力を育てるおもちゃの提案や,子どもたち自らがデザインしたおもちゃのコンテストが行われています。[4]
また,このコンテストから生まれたおもちゃを「SAGOSKATT限定コレクション」として発売し,その売上金で,地方自治体と連携した図書館の改装も行われました。[5]
シンガポールに本社のある農産物メーカー,ウィルマー・インターナショナルは,その取引先であるプランテーションに住むすべての子供たちが,2025年までに学校あるいは同等のプログラムに参加することを目標に掲げています。[3]

この取り組みは,NPOと共同で行われていて,ネスレやP&Gなどの大企業も賛同しているんだよ。
企業の商品の特色を生かしたいろんな支援活動が,国内外でたくさん行われているんだね!

※遊ぶ権利について詳しく知りたい方はこちらもぜひご覧ください!
(引用:鳥取県倉吉市 「子どもの権利を守るための支援」(2)
村上 芽 「ビジネスと子どもの権利を考える —子どもの抱える課題を解決するために—」(3)
IKEA「Let’s Play すべての子どもに遊ぶ自由を」(4)
IKEA「SAGOSKATT/サゴスカット限定コレクションの売上金で 足立区立亀田小学校の図書館改装が完了」 (5))
「育つ権利」を求めて
ここまでは,子どもの「育つ権利」を保障するための,条約における規定と,自治体や企業の取り組みを見てきました。
しかし,国内外を問わず,両親をはじめとする周囲の大人による制限や,国内の労働環境や紛争,子どもの性別や健康状態,家庭および国や自治体の経済状況を理由に,子どもの「育つ権利」が根底から守られていない事例が散見されます。
では,このような「育つ権利」の侵害は,具体的にはどのようなかたちでなされるのでしょうか。
一つ目としては,親や周囲の大人による虐待あるいはネグレクトによる,教育機会の剥奪が挙げられます。虐待やネグレクトによって,心身の健康が保たれない,あるいは教育に必要な資材が手に入らない場合,学びや遊びを満足に享受することはできません。
二つ目としては,周囲の大人によって,「育つ機会」のうちの一部が理不尽に強制される例が挙げられます。このような事例を象徴する概念として,近年「教育虐待」が注目を集めています。これは,親が教育のためにという言葉を口にしながら,子どもが耐えられる限界を超えて,勉強やスポーツ,音楽を強要することです。(6) 宿題が終わるまで寝かせない,学校の勉強や習い事の大会で成果を出すまで友人と遊ばせない,受験勉強をしているか一日中監視される,などの例は,すべて教育虐待にあたります。(7) このような虐待が続くと,子どもの心や脳に悪影響があることがわかっています。(6)
では,このような事態を防ぐために,我々にはどのようなことができるでしょうか。
臨床心理学を専門とする武田信子先生は,社会が競争的で子供達を比較する文化のある地域では,教育虐待をはじめとするエデュケーショナル・マルトリートメント(家庭内における教育虐待,教育ネグレクトや,社会全体における教育の押し付けあるいは剥奪を包含した概念)が起こりやすいとしたうえで,親だけが子を育てるのではなく,社会全体で子供を見守る必要性があると述べています。(6)
自分自身が,あるいは自身の周囲の子供たちが,何に興味を持ち,どんなことを楽しんでいるのか,成果の影に隠れて苦しい時間を過ごしていないかを省みることが,教育虐待を防ぐ第一歩になります。
(※「教育虐待」という言葉は、最近になって知られるようになってきた言葉で、「身体的虐待」や「ネグレクト」のように、法律上の定義のある言葉ではありません。今後の議論が期待される分野です!)
三つ目としては,国や地域において,安定した教育制度が確立されていない,あるいは一部の子供達に対して教育を受ける権利が不当に制限されていることによる,教育機会の剥奪が挙げられます。
国際NGO団体World Vision のホームページによると,世界中で少なくとも5900万人の子供たちが,小学校へ通えていません。(8)
同団体は,困難な状況にある子供たちの支援のため,地域開発プログラムをはじめとする開発援助事業,自然災害や紛争に伴う緊急人道支援,子供たちを取り巻く問題の解決に向けた政府・市民社会への働きかけを行なっています。
特に「育つ権利」に焦点を当てた取り組みとしては,学校が少ない地域における,寄付金による学校建設が挙げられます。(9)

この支援によって,今まで長い時間をかけて学校に通わざるを得なかった子供たちが,より良い環境で教育を受けることができるようになったんだよ!
世界中の全ての子供たちが学校へ通うためには,まだまだ多くの支援が必要だね。

(引用:Resemom 「わが家の教育、やりすぎ?…教育熱心と教育虐待のボーダーライン」 (6)
ベネッセ 教育情報サイト 「教育虐待は、教育熱心な親が『よかれと思って』行っている。気を付けるべき親のタイプとは」 (7)
World Vision「この子を救う。未来を救う。」(8)
World Vision「『子どもの権利条約』25周年 記念連載② 〜育つ権利〜」(9) )
編集後記
私は,今回の記事作成を通じて,子どもたち自身の能力や特色を生かした支援の難しさについて,改めて考えさせられました。私たち大人は,自身の経験から判断して,「子どもにはこういう子に育ってほしい」「もっとこういうことを頑張ったらいい」と,子どもが学びや遊びを通じて触れ合うはずの世界を狭めてしまいがちです。しかし,本当に重要なのは,子どもは何が得意で何が苦手なのか,どんなことをしている時に楽しくて,どんな時に助けを求めているのかに向き合って,柔軟なサポートを提供することです。大勢を対象とした画一的な支援ばかりではなく,目の前の1人の子供に合わせた細やかなサポートが進むよう,私たちも活動を進めていく必要があると考えます。特に,「育つ権利」の存在そのものが軽視されている事例については,社会全体をあげて取り組むべき喫緊の課題です。このような現状に目を向け,あらためて子どもの「育つ権利」の重要性を見直すことが,支援への一歩となると考えます。
もっと知りたい方へ
手軽に知りたい方へ
unicefのホームページから,子どもの権利とビジネス原則について,さらに知ることができます
IKEAのホームページから,子どもの遊びについての現状を知ることができます
武田信子先生のnote記事では,教育虐待 (Educational Maltreatment) という概念誕生の背景や,それにまつわる様々な資料が紹介されています
武田信子 教育虐待 (Educational Maltreatment)
より専門的に知りたい方へ
『子どもの貧困対策と教育支援 ──より良い政策・連携・協働のために (明石書店) 』(末冨芳)
『子どもの権利と育つ力 — フィールド・ノート (三省堂) 』(安藤博)
『子どもの脳を傷つける親たち (NHK出版) 』(友田明美)
引用文献
[1] 子どもと先生の広場 unicef(最終閲覧日:2021/09/24)[2]子どもの権利を守るための支援 鳥取県倉吉市 (最終閲覧日:2021/09/24)
[3] 村上 芽 (2020). ビジネスと子どもの権利を考える —子どもの抱える課題を解決するために— JRIレビュー, 7(79), 113-126.(最終閲覧日:2021/09/24)
[4] Let’s Play すべての子どもに遊ぶ自由を IKEA (最終閲覧日:2021/09/24)
[5] SAGOSKATT/サゴスカット限定コレクションの売上金で 足立区立亀田小学校の図書館改装が完了 IKEA (最終閲覧日:2021/09/24)
[6] わが家の教育、やりすぎ?…教育熱心と教育虐待のボーダーライン Resemom
(最終閲覧日:2021/09/24)
[7] 教育虐待は、教育熱心な親が『よかれと思って』行っている。気を付けるべき親のタイプとはベネッセ 教育情報サイト (最終閲覧日:2021/09/24)
[8] この子を救う。未来を救う。World Vision(最終閲覧日:2021/09/24)
[9] 子どもの権利条約25周年 記念連載② 〜育つ権利〜 World Vision(最終閲覧日:2021/09/24)